「障害に自分を縛らせない」―アフガニスタンの首都カブールにあるインフォーマル居住区、グルカナ地区に暮らす67歳のジャン・モハマド・モハマディさんは、強さと忍耐を胸に秘めながら、人生の苦難に立ち向かってきました。泥とレンガでできた小さな家に、妻、娘、そして5歳から14歳までの息子4人と暮らす彼は、家族を養い、希望をつなぐために、日々懸命に努力しています。
ジャン・モハマドさんの人生が大きく変わったのは、今から20年前のことです。アフガニスタンで起きていた銃撃戦に巻き込まれ、足に重傷を負ったことで、以前のように歩いたり働いたりすることができなくなりました。長いリハビリ生活を経て、絨毯工場でカーペットを織る仕事に就き、障害を抱えながらも続けられる職を得ることができました。しかし、その後、自宅近くで地雷が爆発し、左手の指を3本失ってしまいます。この事故により、その仕事も続けられなくなってしまいました。それ以来、彼は身体に障害を抱えながら生活しています。
それでも、彼は決して障害に屈しませんでした。彼はむしろ、どんな逆境があっても、家族を支え、子どもたちに教育を受けさせるために、自分にできる限りのことをしようと心に決めていました。

「私にとって一番大切なのは、子どもたちがたくさんのことを学び、私にはなかった未来を夢見られるようにすることです」とジャン・モハマドさんは語ります。
アフガニスタンでは、彼の境遇は決して珍しいものではありません。数十年にわたる紛争で、多くの人々が負傷し、今も精神的なトラウマや深い心理的苦痛を抱えています。爆発物による事故だけでなく、ポリオや妊産婦医療へのアクセス不足、さらには医療サービス全般の不備によって、本来なら治療可能だった障害を抱える人が数多くいます。
国連人道問題調整事務所(OCHA)の「2025年人道ニーズと対応計画(HNRP)」によると、障害者が世帯主の家庭は深刻な社会経済的課題に直面しています。失業率は全国平均の5倍に達し、児童労働率も全国平均15%に対して31%と高い水準にあります。平均負債額は全国平均の37,433アフガニ(約558米ドル)に対し、52,498アフガニ(約783米ドル)と高くなっています。食料安全保障の面でも、障害者が世帯主の家庭では、35%が十分な食料を消費できず、41%が中程度の飢餓を経験しています。
こうした社会経済的な障壁は、基本的なサービスへのアクセスを妨げるだけでなく、不平等を固定化し、障害のある人々とその家族を社会から取り残す要因となっています。歩くことも難しく、カーペットを織ることもできなくなったジャン・モハマドさんは、当初、自分ひとりが取り残されたように感じました。しかし、それでも彼は決して諦めませんでした。「障害に自分を縛らせない」。数々の困難に直面しながらも、彼は家族を養うために日雇いの仕事を探し続けました。
そんな中、ジャン・モハマドさんに再び希望が訪れたのは2025年7月のことでした。日本政府が国際協力機構(JICA)を通じて支援する国際連合人間居住計画(国連ハビタット)の「都市脆弱層のための生活環境改善計画」の一環として、「キャッシュ・フォー・ワーク」プログラムが開始されるという知らせを耳にしたのです。
キャッシュ・フォー・ワーク事業は、脆弱な状況にある家族に一時的な収入を得る機会を提供し、当面の生活ニーズを満たすことを目的としています。カブールの多くのインフォーマル居住区に共通する課題ですが、ジャン・モハマドさんの住む地域も、排水路のごみや未整備の道路が原因で、安全面・健康面・衛生面に深刻な問題を抱えていました。そのため、彼の地区で行われたキャッシュ・フォー・ワーク活動では、道路の整地、排水路の清掃、廃棄物の撤去などが作業の対象となりました。
このプロジェクトを通じて、ジャン・モハマドさんを含む50人が、地域の生活環境を改善するために2か月間雇用されました。一緒に働いたシャムスルハク・ヌーリはこう語ります。「ジャン・モハメッドさんは、他の参加者と同じように懸命に働きました。身体の制約を言い訳にせず、常に誠実な態度で、誇りを持って仕事をしていました」

この仕事での1日の稼ぎは350アフガニ(約5米ドル)。ジャン・モハマドさんは、1か月が経過したところで最初の賃金を受け取りました。その時手にした7,700アフガニ(約110米ドル)は、彼に誇りと希望を与えるものでした。
「何か月ぶりかに、隣近所から借金をせずに家族に十分な食事を食べさせることができました」と、彼は振り返ります。その日の夕食は、ジャガイモ入りの米料理「パラオ」。一番末の息子の大好物でした。
「いつもは1日1食で過ごす日が多く、2食を摂ることはなかなかできません。私たち家族の生活は、決して楽ではありません」と話すのは、妻のビビ・カフィアさん。「でも、その日の夕食は、明日は少し良くなるかもしれないと感じさせてくれました」。
次の賃金を受け取ったとき、ジャン・モハマドさんの喜びはさらに大きくなりました。「今、私は大きな安堵と幸せを感じています。その日は小麦粉、米、文房具、子どもたちの服を買って家に帰りました。この仕事と賃金は、希望と尊厳、そして努力には価値があるという信念を取り戻させてくれました」と彼は語ります。
子どもたちも自宅での変化に気づきました。7年生の次男モハマド・サベルさんは「お父さんが新しいノートと鉛筆を買ってくれました。新しい文房具を持って学校に行けるのが嬉しかったです」と話しました。
「私のような貧しい人々、障害のある人々、そして生きるために必死に努力してきた人々を、この事業は助けてくれました」と、ジャン・モハマドさんは日本政府への感謝の気持ちを込めて語ります。「身体に障害を負ったり、困難を経験したりした人たちでも、社会に貢献できること、そして誇りを持って生きられることを思い出させてくれました」。
このプロジェクトはジャン・モハマドさんにひとときの安堵をもたらしましたが、彼が直面している課題は依然として大きいままです。時にチャンスが少ないように見えることがあっても、彼は決して希望を失わず、「これからも仕事を探し続け、家族を養うために努力します」と続けました。

アフガニスタン全土で、ジャン・モハマドのように貧困と不確実性に苦しむ家族は数え切れないほどいます。HNRP 2025によると、人口のほぼ半分(48%)が貧困状態にあるとされています。経済の低迷、雇用機会の不足、インフラや基本的なサービスへの投資不足、さらに国際社会からの支援の減少により、多くのアフガニスタン家庭は劣悪な生活環境で、短期的な賃金労働に頼りながら生き延び、より良い明日が訪れることを願い続けています。